内閣府 沖縄総合事務局 北部国道事務所
トップページサイトマップお問い合せQ&Aご利用規約
 
 
 トップページ ≫ やんばる国道物語 - 復帰後の道(1972年〜2000年)


やんばる国道物語


やんばる国道今むかし
王府時代の道
近代沖縄の道
琉球政府時代の道
復帰後の道
21世紀の道
やんばるの伝説を訪ねて
やんばるの文化碑めぐり
道に関する方言名
探索ガイドなるほどマップ

道に関する年表


やんばる国道物語

復帰後の道 (1972年〜2000年)


(1/9)

軍道から一般国道へ

ひるまさ変わたる くぬ沖縄の道

 

復帰による暮らしの変化
 

 1972(昭和47)年5月15日、沖縄は、米軍 統治 とうち 下の琉球政府から日本国憲法下の沖縄県へと、27年ぶりに日本に復帰しました。通貨がドルから円へ切り替わるなど、人々の暮らしぶりも大きく変化します。
それまで琉球政府が行っていた事務や事業もまた、日本国政府や沖縄県庁などが引き継ぐことになります。道路の管理も、日本の道路法で定められた道路管理者に受け継がれました。米軍統治下にあった復帰前の沖縄では、道路は、「琉球政府道」「市町村道」「軍道」に大きく分類されていました。それが復帰に伴い、「一般国道」「県道」「市町村道」の区分からなる道路体系に改められました。

  復帰後の道路指定計画を伝える新聞記事(1972.3.26琉球新報)
復帰後の道路指定計画を伝える新聞記事(1972.3.26琉球新報)
   
   琉球政府道のうち121キロが一般国道に路線指定されて、約836キロが県道となり、市町村道(宮古・八重山含む)だった約2448キロは、そのまま市町村道として引き継がれました。軍道は、154キロが改めて、一般国道に路線指定されました。(注1
一般国道とは高速自動車道以外の国道のことです。各国道には番号が振られ、「国道○○号」と呼ばれます。
  復帰前の道路区分
復帰前の道路区分
  復帰後の路線指定
復帰後の路線指定
   
海を渡る国道
 

 日本に復帰した沖縄を 象徴 しょうちょう するものとして、国道58号の起点が挙げられます。それまで軍道として沖縄内にとどまっていた1号線は、一般国道に指定され、復帰後の特例として海を越えて鹿児島市に起点を持つこととなりました。現在のルートを起点から追ってみると、国道が海を越えて沖縄を走っていることがよく分かります。
  国道五八号は鹿児島市山下町をスタートし、その後わずか七百メートルで海に突き当たります。五八号は海上の道なき道となり、種子島へ上陸。島を縦断したのち再び海へ戻り、奄美大島に到着します。 笠利 かさり 町から瀬戸内町古仁屋の75キロを けた58号は、沖縄に向けて再び海に出て、沖縄本島を 目指 めざ します。国頭村奥に上陸した国道は、本島を南下し、那覇市・明治橋の終点へ向かうわけです。
58号の総延長は256キロ、洋上部分を含むと約800キロにも及ぶ、沖縄と本土を結ぶ道なのです。

 
海を渡る国道
   
 
国道58号の起点石碑(国頭村奥)
 
   
   
(注1)の用語解説
但し、国頭村辺土名以北など一部のルートは、国ではなく県が管理することとなりました。辺土名〜宜名真間は、復帰記念事業として県が改良工事を行っていましたが、宜名真〜奥の区間は、沖縄振興開発特別措置法第六条に基づいて、昭和51(1976)年度、北部国道事務所が県の権限を代行して改良工事を行い、57年度に完成しました。昭和58年度には、県の管理だった辺土名から奥までの27.7キロが、同事務所の管理区間となり、国の管理下に置かれることになりました。
   

やんばる国道物語(北部国道事務所)

 

   
内閣府 沖縄総合事務局 北部国道事務所 〒905-0019 沖縄県名護市大北4丁目28番34号 [TEL]0980-52-4350 [FAX]0980-52-1131
Copyright(c)2008 北部国道事務所.All right reserved.