| 昔、首里の士族(が、首里を離(れて国頭の辺戸(村に下りて、土地の豪農(佐久真家(に身を寄せていました。しばらくして、その士族と同家の娘の間に男の子が生まれました。佐久真家や村人は、中央の政事(に巻き込まれることを恐れて、みんなで話し合いをして、その子どもを木箱に入れて、海に流しました。
流れ流れて遠く伊平屋(島の沖を漂流(しているその木箱を、島の漁師が見つけました。偶然(にも我が子を失ったばかりだった漁師は、箱の中にいた生後間もない赤ん坊を見つけ、たいへん喜んで、家に戻りました。
「この子は、天が与えたもの」と考えて、妻と相談(して、その子を我が子として育てることにしました。その子は「金丸」(島の人々はのちに「松金(」と称す)と命名されました。それから数十年、松金は立派な青年に成長しました。
ある年、島ではきびしい日照りが続き、ほとんどの水田(の水は干上(がってしまったのですが、松金の田んぼだけは水が満々としていました。他の農民たちは「日照り続きなのに松金の田んぼだけが、水がいっぱいなのはおかしい」と、怒り心頭ですが、松金は「自分も不思議(に思っている」と、とぼけていたそうです。
松金の田んぼだけうるおっていたのには、わけがありました。実は、松金を慕(う村の娘たちが夜通しで水を運んでいたのです。つまり松金は娘たちをそそのかしていたのです。やがてそのことがばれると、島の青年たちは嫉妬(と怒りで「松金を殺せ」と大騒ぎになりました。
身の危険(を感じた松金は、追われるように小舟で国頭の宜名真(へ逃げました。しかし宜名真の村も絶対安全ではありません。松金は、奥間カンジャー(鍛冶屋()の計らいで、奥間村背後のインシキ屋敷(と呼ばれる奥深い山中に隠れました。奥間カンジャーは、猪狩(りにかこつけて、松金に食べ物を運んで面倒(をみたそうです。
松金の人生は、誕生(から流転(続きで謎(に満ちていますが、その後、久志の汀間(や各地を経て中央に上り、首里王府に仕え、内間地頭(になり、やがて名君といわれた尚円(王となったのでした。尚円は、国王となった後に、奥間カンジャーの昔の恩に報いるべく、国頭間切の総地頭にしたそうです。
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