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やんばる国道物語

王府時代の道 (15世紀〜1879年)


(6/12)

首里城を中心とした道路整備

王府による道路開設

 

冊封使 さくほうし と道路工事
 

 王府時代は、首里を中心に道路が整備され、国王が儀式を行う神社・ 仏閣 ぶっかく ・墓地などへ向かう道路や公文書を伝える宿道の開設、改修が行われました。また冊封使(注1)が来琉する前には必ず道路、 橋梁 きょうりょう ・港湾等の改修を行いました。

   はじめて道路開設についての記述が文献にあらわれるのは、第一尚氏5代の王・ 尚金福 しょうきんぷ の時代(1450〜1453年)です。当時、那覇と首里の間は海でへだてられていて、冊封使来琉の際には、那覇の港から船を並べて橋代わりとし、首里までつないだといいます。
   1451年に、尚金福が国相・ 懐機 かいき に命じて約1キロの海中道路を開通させました。 長虹堤 ちょうこうてい と呼ばれ、現在の 崇元寺 そうげんじ 橋から松山一丁目あたりまで続いていました。これにより首里と那覇の往き来が便利になり、更に次第に長虹堤周辺に土砂がたまり、埋め立てられ、那覇の発展につながったといいます。
    綾門大道 あやじょううふみち は、現在の首里高校西側の地に建っていた 中山門 ちゅうざんもん から、 守礼門 しゅれいもん を経て、首里城正面の 歓会門 かんかいもん まで続いていた王都第一の道路でした。1534年に来琉した冊封使の記録から16世紀前半にはすでに王都の主要道路として整備されていたことがわかります。道幅は約12メートル、道の両側には高い石垣が連なり、路面は琉球石灰岩の粉を基盤に香粉(線香の原料でタブノキの皮を粉にしたもの)などを用い、 舗装 ほそう してありました。
 
長虹堤古図 [『海東諸国紀』1471年]
   
真珠道まだまみちの開通
   第二尚氏3代の 尚真 しょうしん 王の時代(1477〜1526)に多くの土木・建築事業が行われ、首里と地方を結ぶ道路が整備されました。中でも代表的なものとして真珠道があります。
   真珠道は1521年の 竣工 しゅんこう で、守礼門を起点とし、金城町の石畳道(県指定文化財)、識名を通って 真玉湊 まだまみなと (国場川の下流)に たる約4キロの石畳道でした。首里と島尻を結ぶ主要な道で、那覇港への外敵の侵入を防ぐ軍事道路でもありました。国場川に 真玉橋 まだんばし (注2)などの木橋が けられました。
 
中山門と綾門通り(明治時代) [『絵はがきにみる沖縄』]
   
参詣のための道
  尚真王の子、 尚清 しょうせい 王の代(1527〜1555)には、首里城から 弁ケ嶽 べんがだけ まで続く参道の改修工事が行われました。1543年、参道の入り口付近に建立された「かたのはなの碑」には、道のでこぼこを直し、カーブをゆるやかにし、道幅を広くするなどの工事を行って石畳道を敷き、その沿道に松を植え整備をしたことが記されています。
   また1644年から国王の 普天間宮 ふてんまぐう (注3) 参詣 さんけい が始まり、普天間宮までの道路は、信仰道路として改修され、松が植えられました。戦前までりっぱな松並木が残っていました。
   王府の道路整備は第一尚氏に始まり、第二尚氏の政策に反映され、尚真の時代に一応の形ができました。その後も歴代の王は、政治、経済、軍事上の必要性から、首里から各間切に通じる宿道の修復に力を入れました。
   このように、王府による道路開設は首里城を中心に整備され、地方へ 波及 はきゅう していきました。
 
現在の浦添市当山の石畳道 [沖縄県教育委員会]
 
尚寧王代(1589〜1620)には、首里から浦添城下に通じる道路の大改修工事が行われ、首里城から浦添城への道は、すべて石畳道となりました。
   
   
 
用語解説
(注1)冊封使(さくほうし)
  王が即位した時に琉球国王を冊封(任命)する為に、明・清代の中国皇帝が派遣した勅使。冊封を受けることで琉球の王として認められ、さらに中国皇帝の支配下であることを意味し、進貢と貿易を許されました。冊封使の琉球での滞在期間は4ヶ月から八ヶ月に及び、歓待されました。
(注2)真玉橋(まだんばし)
  豊見城市と那覇市を結ぶ国場川に架かる橋。創建は1552年に木橋五座が創建、真中を真玉橋、その南北を世持橋、世寄橋といい、両端の二座は無名。1707年に石橋に改修されました。
(注3)普天間宮(ふてんまぐう)
  宜野湾市普天間にあり、本殿が鍾乳洞の中に設置されています。熊野権現を つっています。波上宮、沖宮、識名宮、末吉宮、安里八幡宮、天久宮、金武宮と合わせて琉球八社といいます。
   

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