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琉球政府時代の道 (1945年〜1972年)
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(3/15)
アメリカ統治時代の道路網
軍道、政府道、市町村道
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琉球政府
の道路法施行 |
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1952年4月、
琉球政府
(
が成立し、
沖縄住民が力をあわせて戦後の
復興
(
に歩みだしました。前年に作成
された「道路条例」を基本にして、1952年9月、新たに琉球政府の道路法が制定されました。
この道路法では、琉球政府の
管轄外
(
である軍道を除いた道路
を@政府道、A市道、B町村道に分類し、管理しました。政府道の
路線
(
は琉球政府を中心に各市町村役場や港などへの路線を中心に設定されています。
1953年に沖縄群島では72路線が認定され、その後追加や変更が行われました。
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| 路線名と番号 |
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琉球政府道は、それぞれ路線に名前がついていました。その場合「
小禄
(
、
高良
(
線」などの地名が使われている場合と、「
一号線
(
」のように数字が使われる場合とがありました。これらは占領した米軍独自の道路
体系
(
をそのまま
反映
(
していました。米軍による道路の
命名
(
法には、
特徴
(
があります。
本島を
縦断
(
する道路には奇数番号、
横断
(
する道路には偶数番号が付けられていることです。
たとえば一号線は、那覇市
明治橋
(
から沖縄本島西海岸沿いに国頭村
奥
(
まで縦断し、偶数番号の六号線は恩納村
仲泊
(
から石川市
東恩納
(
を横断している道路です。
現在の県道の中には、この琉球政府時代から
慣
(
れ親しんだ路線名が引きつが
れている線もあります。たとえば、
与那
(
なと
安田
(
を結ぶ政府道二号線は現在県道二号線となっています。 |
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「沖縄諸島の道路実態調査報告書」1971年6月より作成 |
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やんばる国道物語(北部国道事務所) |
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