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やんばる国道物語


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やんばる国道物語

琉球政府時代の道 (1945年〜1972年)


(12/15)

ホコリ道から舗装道へ

1号線、13号線、122号線の整備

 

「ホコリ高き」悪道
 

 1960年に入っても、名護町から国頭村奥までの1号線、122号線、124号線、半島 循環線 ( じゅんかんせん ) などは 舗装 ( ほそう ) されないまま、交通量だけが 増大 ( ぞうだい ) していきました。
1号線では、国頭村奥に軍部隊があるため、ひんぱんに軍用トラックが通りました。また、 薪炭材 ( しんたんざい ) をはこぶ民間トラックもひっきりなしに通行するために、道路は 修理 ( しゅうり ) がおいつかずに 破損 ( はそん ) する一方でした。ことに北部一帯は 簡易舗装 ( かんいほそう ) (コーラル舗装)であったため、砂ボコリがひどく、交通安全や 公衆衛生 ( こうしゅうえいせい ) の面からも 深刻 ( しんこく ) な問題を抱えていました。
北部の道路の多くは海 沿 ( ぞ ) いを走っています。その上、道路の片側は山で片側は海になっている地域が多く、そのため 道幅 ( みちはば ) が 狭 ( せま ) く、カーブの多い道路でした。さらに晴れるとホコリが高く舞い上がるために、「天下の悪道」と言われていました。
北部一帯の1号線の改修工事は、1961年から7年がかりで行われ、1967年に完成しました。工事は 大掛 ( おおがか ) りなもので、山と岩をくずし、海を 埋 ( う ) めてカーブを 緩 ( ゆる ) やかにして道幅を広げる一方、 源河 ( げんか ) 橋、 安根 ( あんね ) 橋、 比地 ( ひじ ) 橋など全長50メートルを 越 ( こ ) す橋を 架設 ( かせつ ) した。さらに1963年からは、アスファトの舗装工事もすすめられました。

 

 

 
  一号線に新しく完成した源河橋(1967年)[USCAR年次報告書]
 
  名護から羽地に行く街道を土煙を巻き上げて走るバス
   
東海岸の道と基地
    金武 ( きん ) のキャンプ・ハンセン、名護のキャプ・シュワブの米軍キャンプを始め、東村ら国頭村へかけて県内でもっとも大きい基地北部 訓練場 ( くんれんじょう ) など、本島北部の東海岸には広大な米軍基地が建設されました。
キャンプ・シュワブの基地建設が始まった1957年、13号線の宜野座村 潟原 ( かたばる ) より 辺野古 ( へのこ ) へのアスファルト舗装の直線道路が着されました。また、 嘉陽 ( かよう ) (現名護市)から 天仁屋 ( てにや ) 間の道路改修が1958年に行われそれまでの 急勾配 ( きゅうこうばい ) が緩和されました。
平良 ( たいら ) − 高江 ( たかえ ) 間の道路も改修され、 米海兵隊 ( べいかいへいたい ) (マリン)が 駐留 ( ちゅうりゅう ) していたことからマリン道と呼ばれました。
また国頭の西と東の集落を結ぶ「 横断 ( おうだん ) 道路」も、次々と工事が行われました。1958年に 源河 ( げんか ) ― 有銘 ( あるめ ) 線の工事が始まり、名護の 二見 ( ふたみ ) と 世冨慶 ( よふけ ) を横断する122号線も開通しました。このように、東海岸では米軍キャンプ建設に 伴 ( ともな ) う道路工事が進められました。
北部一周道路は、相変わらず雨が降るとぬかるみがひどく、道路というより 泥沼 ( どろぬま ) といった感じでした。車が立ち 往生 ( おうじょう ) することも多く、車を引っ張り出すための 牽引 ( けんいん ) 車が 活躍 ( かつやく ) していました。こうした状況は、復帰記念事業の一環として1971年から進められた「一周線道路改良舗装工事」を待つまで続きました。
   
  キャンプシュワブと辺野古の海
 

沖縄本島路線図(北部)と主な米軍基地(1970年)

 

 

政府道及び軍道路の路面別分類(1964年6月現在)

  北部と主な米軍基地
  1964(昭和39)年の軍道、政府道、市町村道の割合と舗装状況を見てみましょう。政府道は総延長860.4kmのうち、797.2kmが砂利道にあたり、ほとんどが砂利道だったことがうかがえます。道路の改修が進んでちるとはいえ、まだアスファルト舗装されているのは軍道・軍営繕道などの一部に限られていたことがわかります。「建設運輸要覧1965」より
   
 
  キャンプシュワブと辺野古の海、後方に久志岳(左)、
辺野古岳が見える(1950年代)[キーストンスタジオ]
   

やんばる国道物語(北部国道事務所)

 

   
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