内閣府 沖縄総合事務局 北部国道事務所
トップページサイトマップお問い合せQ&Aご利用規約
 
 
 トップページ ≫ やんばる国道物語 - 琉球政府時代の道(1945年〜1972年)


やんばる国道物語


やんばる国道今むかし
王府時代の道
近代沖縄の道
琉球政府時代の道
復帰後の道
21世紀の道
やんばるの伝説を訪ねて
やんばるの文化碑めぐり
道に関する方言名
探索ガイドなるほどマップ

道に関する年表


 

やんばる国道物語

琉球政府時代の道 (1945年〜1972年)


(13/15)

沿線の整備と施設の充実

カルテックス・ドライブイン・海中公園

 

1966年の道路法(新道路法)
 

 琉球政府は1952(昭和27)年の旧道路法制定以後に次ぎ、1966(昭和41)年に新しい道路法を制定しました。第5条では、「(政府道とは)、琉球全域にわたる 幹線 かんせん 道路網を構成」するとして、道路網の 構築 こうちく 積極的 せっきょくてき に打ち出しています。また、観光地を連絡する道路網を重要視しており、観光産業への振興も視野に入れたものでした。

 

 

沿線の施設と交通
   

沖縄住民の保有 車輌 しゃりょう 台数も増え、 国頭 くにがみ 一周道路の開通や 塩屋 しおや 大橋の開通などにより、やんばるへの交通も便利になると、週末や休日などは、道路も混雑するようになりました。
1969(昭和44)年に 厚生省 こうせいしょう は自然保護を目的とした海中公園を日本で10ヶ所指定しました。沖縄海岸も海中公園に指定され、1970年に名護の 部瀬名 ぶせな に沖縄海中 展望塔 てんぼうとう が建設されました。水深6メートルの海中を展望できる施設でした。また恩納村にたくさんのビーチがオープンすると、中南部から海水浴に訪れる人も多くなり、休日の夕方中南部に帰る車の長い列ができるようになりました。
沿線 えんせん には、アメリカンテイストのドライブインができ、カルテックス(注1)がガソリンスタンドの代名詞にもなっていました。

 
  辺土名ドライブイン。ドライブインは駐車場付のレストランのことで、ステーキ、ハンバーグなどのアメリカンテイストが楽しめた[ボーダーインク]
 
  CALTEX(カルテックス)のガソリンスタンド(宜野座村潟原)
[宜野座村]
   
道路設備の充実
   戦前の海岸線はアダンが続き、その中にモクマオウ、ヤラブ、フクギの 防潮林 ぼうちょうりん があったのですが、この防潮林のほとんどは、戦後、1号線を 拡張 かくちょう するために切り たお されました。
それが1959(昭和34)年頃になると、 緑化 りょっか 運動が行われ、モクマオウや 相思樹 そうしじゅ 、アダンなどが植樹されるようになります。また、名護の七曲りや大宜味村 根謝銘 ねじゃめ の通称「リジンカーブ」のように、海への 転落 てんらく 事故の 危険 きけん がある場所にはガードレールが設置されるようになりました。
   
 
  恩納村の道沿いに植えられたモクマオウの防潮林[ボーダーインク]
 
  海中や魚やサンゴが見られる名護市部瀬名の海中展望塔
 
  沖縄でポピュラーなファーストフード[A&W] [ボーダーインク]
   
   
 

用語解説

(注1)カルテックス

米国系の石油販売会社でカルフォルニア・テキサス会社の略称。1950年琉球列島への石油供給権を取得し、本土復帰されるまでの20年間石油販売を独占していました。復帰後日本石油と看板を変えました。

   

やんばる国道物語(北部国道事務所)

 

   
内閣府 沖縄総合事務局 北部国道事務所 〒905-0019 沖縄県名護市大北4丁目28番34号 [TEL]0980-52-4350 [FAX]0980-52-1131
Copyright(c)2008 北部国道事務所.All right reserved.