| 1966年の道路法(新道路法) |
| |
琉球政府は1952(昭和27)年の旧道路法制定以後に次ぎ、1966(昭和41)年に新しい道路法を制定しました。第5条では、「(政府道とは)、琉球全域にわたる
幹線
道路網を構成」するとして、道路網の
構築
(
を
積極的
(
に打ち出しています。また、観光地を連絡する道路網を重要視しており、観光産業への振興も視野に入れたものでした。 |
| |
|
| 沿線の施設と交通 |
| |
沖縄住民の保有
車輌
(
台数も増え、
国頭
(
一周道路の開通や
塩屋
(
大橋の開通などにより、やんばるへの交通も便利になると、週末や休日などは、道路も混雑するようになりました。
1969(昭和44)年に
厚生省
(
は自然保護を目的とした海中公園を日本で10ヶ所指定しました。沖縄海岸も海中公園に指定され、1970年に名護の
部瀬名
(
に沖縄海中
展望塔
(
が建設されました。水深6メートルの海中を展望できる施設でした。また恩納村にたくさんのビーチがオープンすると、中南部から海水浴に訪れる人も多くなり、休日の夕方中南部に帰る車の長い列ができるようになりました。
沿線
(
には、アメリカンテイストのドライブインができ、カルテックス(注1)がガソリンスタンドの代名詞にもなっていました。 |
| |
|
| |
辺土名ドライブイン。ドライブインは駐車場付のレストランのことで、ステーキ、ハンバーグなどのアメリカンテイストが楽しめた[ボーダーインク] |
| |
|
| |
CALTEX(カルテックス)のガソリンスタンド(宜野座村潟原)
[宜野座村] |
| |
|
| 道路設備の充実 |
| |
戦前の海岸線はアダンが続き、その中にモクマオウ、ヤラブ、フクギの
防潮林
(
があったのですが、この防潮林のほとんどは、戦後、1号線を
拡張
(
するために切り
倒
(
されました。
それが1959(昭和34)年頃になると、
緑化
(
運動が行われ、モクマオウや
相思樹
(
、アダンなどが植樹されるようになります。また、名護の七曲りや大宜味村
根謝銘
(
の通称「リジンカーブ」のように、海への
転落
(
事故の
危険
(
がある場所にはガードレールが設置されるようになりました。 |
| |
|
| |
|
| |
恩納村の道沿いに植えられたモクマオウの防潮林[ボーダーインク] |
| |
|
| |
海中や魚やサンゴが見られる名護市部瀬名の海中展望塔 |
| |
|
| |
沖縄でポピュラーなファーストフード[A&W] [ボーダーインク] |
| |
|
| |
|
| |
|
用語解説 |
(注1)カルテックス |
|
米国系の石油販売会社でカルフォルニア・テキサス会社の略称。1950年琉球列島への石油供給権を取得し、本土復帰されるまでの20年間石油販売を独占していました。復帰後日本石油と看板を変えました。 |
| |
|