沖縄本島最北端にある辺戸の集落の前方にアスムイ(安須森)と呼ばれている岩山が突き出ています。最古の歌謡集「おもろさうし」にも次のようにうたわれています。
一、あすもりの きりくちの(安須杜の 切り口の)
きみのあまへ きよらておりとみ(君の歓へ 清ら天降り富)
又 つれのふた(何れのふた)
つれのまきよ おれほしや(いずれのマキョに降りたいのか)
又 いじけまきよ(意志気マキョ)
いじけふた おれほしや(意地気ふたに降りたいものだ)
きりくち(アムスイの別称)の神女が喜び踊り、美しい天降り富船を浮かべて、どこの村に降りようか、すぐれた立派な集落におりたいものだ、という意があります。
これはアムスイに神が降りてきたことをうたったもので、ここで初めて天から神(アマミキヨ)が降りて場所で、神聖な場所であるとされ、地元では黄金森(とも呼ばれています。
アマミキヨは天帝の命によって土と泥で最初に辺土のアスムイを作り、続いて今帰仁のスムチナ御嶽(、そして知念森と沖縄島を次々に作ったといいます。
荒海の辺の渡(辺戸)を渡るさい、航海の安全を祈る女神の鎮座する御嶽として「おもろそうし」にうたわれています。土器や石器が出土した宇座浜遺跡やカヤウチバンタ貝塚などがこの御嶽の北、および西麓にあり、古くから人が住んでいたことがわかります。
このアスムイのふもとを流れる大川(ウッカー)は毎年5月と12月に王府からお水取りの使者がきて、国王と闇得大君の長寿を祈る若水を首里に送ったと伝えられています。
この辺戸大川の「お水取り」は昭和18年頃途絶えてしまっていましたが、1999年に復活し、現在も行われています。 |