東村はもともとは久志村(現在は名護市)の北側六つの字(が分かれてできた村です。その中でも、太平洋側の平良(湾内の平良部落は、昔から、東シナ海を望む西側の塩屋(湾とを結ぶ交通の要所(として知られていました。北山の流れを組む平良大主(という人が、部落の草分けだと言われています。
昔、その平良に「カマンタロノ」という女性がいました。ある時、平良に薩摩(から「大和(ウスメー」という男が測量(にやってきました。しばらく滞在(するうちに、二人は恋仲(になりました。
何年かの年月がたち、測量をすませた大和ウスメーはカマンタロノに再会の約束をして、薩摩に戻っていきました。カマンタノロは大和ウスメーの言葉を信じて、平良でその帰りを待っていました。 ところが約束の時を過ぎても、大和ウスメーは平良に戻ってきませんでした。カマンタノロは非常に残念がりました。
やがてカマンタノロは、失意のうちに、部落の後方にある御嶽(で、自分の髪(で首を絞(めて、あえない最後を遂(げてしまいました。
約束の時から遅れ、翌年に平良にやってきた大和ウスメーは、自分を恨(んで亡くなったカマンタノロの事を知らせれます。驚(き悲しんだ大和ウスメーは、自らも「土岩」と石に文字を刻んで、そこで亡くなったそうです。
部落の土地を測量した恩人(として、今でもカマンタノロの子孫は、大和ウスメーの供養(を行っているそうです。
二人の間に交わされた歌が、平良ではこのように語り継(がれています。
●ウスメー うんじゅと我が仲や 鷲鳥のひよこ 何時が何時まりん 契りさびら
(貴方と私との仲はおしどりのひよこのようなもの。何時何時までも契りを結びましょう)
●カマンタ 里やあがとぅなの 旅の人やゆる いちゃしうみ里とぅ ままになゆが
(愛しい貴方は遙か彼方の旅の人。どうすれば貴方と自由になれるでしょうか。)
●ウスメー むしかうんじゅいちゃてぃ 自由にならん時や 刀に命 ひてぃてぃてぃみしら
(もし貴方とどうしても自由にならないのであれば、刀に命を捨ててみせましょう。)
●カマンタ 命まりかきてぃ 想いをかけてくれる幸せよ。何時何時までも捨てないでください
(命までかけて想いをかけてくれる幸せよ。何時何時までも捨てないでください) |