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やんばる国道物語


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やんばる国道物語

やんばるの伝説をたずねて


 (10/23)

夫 振 岩 の 由 来

(名護市)

 

 名護市の仲尾次なかおしから羽地はねじ内海をながめながら源河げんか方向へ行くと、沖合いの波間に岩が見えます。人々はその岩を「夫振岩」(ウトゥフイジー)と呼んで、次のような夫婦の愛情あいじょう教訓きょうくんの物語をいまに伝えています。

 

 昔、羽地間切まぎり源河村に一組の若い夫婦がいました。女性はたいへん気が強く両親のすすめる男をどうしても好きになりませんでした。ところが、女性の両親は働き者のその男をたいへん気に入り、二人を無理矢理に結婚させたそうです。

 

 両親に押しつけられて結婚した二人は仲がとても悪くて、いつも口論こうろんえず、両親もほとほと手を焼いていました。「このままでは2人にとってもよくない。二人が仲良くなる手はないか」両親はあれこれ考えてある計画を決行することにしました。

 

 その計画とは、若夫婦2人を舟遊びにかこつけて沖へ連れ出すことでした。小舟には両親や、その計画に参加した他の若者たちも乗り込み、沖へ沖へとこぎだしました。やがて大海原おおうなばら岩肌いわはだに舟を着けると、両親は「さあ二人から先に舟を降りて、岩に上がりなさい」とうながしました。

 

 二人は先に岩に上がりました。そのとたん、他の人々は岩からはなれ、舟は引き返し始めました。おどろいたのは岩の二人でした。

「おーい、いったいどうゆうことだ。舟を戻してくれ」

 

 しかしいくら大声をだしても、舟は源河の方向へ走りだして、やがて波間に消えていきました。二人は親や若者たちの仕打ちにいかくるい、みんなをなじりました。大海原に残された二人は不安がつのるばかり・・・。

 

 やがて、太陽も西へ下がり、海風も強くなってきました。もともと仲の悪い二人は、言葉を交わすでもなく、背中を向けあっています。やがて日が暮れると、ますます寒くなり、二人はがたがたふるえ、くちびるも黒ずんで、これ以上はえられない状態になりました。

 

 夫は妻のおびえた姿を見ると、自分の綿わた入れをいで、妻にやさしく着せてあげました。妻は夫の愛情にいたく感動かんどうし、涙を流しながら、日ごろのわがままをびました。

 

 翌朝、親たちは2人のいる岩に迎えに行きました。すると、岩の上の二人は仲睦なかむつまじくしているではありませんか。その様子をみて、親たちはたいへん喜んだといいます。

 

 源河へ戻った若夫婦は、その後、人もうらやむほどのおしどり夫婦になったと伝えられています。それ以来、夫をないがしろにする女をいましめるため、この岩を「夫振岩」と名づけたといわれています。

 

 源河の沖合いの波間に小さく見える岩にも、そんな夫婦の愛情にまつわる逸話いつわめられいるのです。

羽地の沖合いに浮かぶ「夫振岩」

 


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