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新しい季節の到来が、本土にくらべればひと月半は早い沖縄。2月にもなれば、やんばるの木々はいっせいに若い芽を吹きはじめます。巨大ブロッコリのような森を形づくるイタジイやオキナワウラジロガシなどにも春の兆しが訪れます。やがてくる本格的な春雨の季節をまえに、おだやかな空気に満たされていく沖縄北部。豊かな森と木々に抱かれるこの地域でも、ちょっとその名前を知られた木々にご案内しましょう。
名護から国道58号線を北上し、大宜味村の海岸沿いを走ればほどなく、取り残されたようにポツンと立つ2本の木に出会えます。この木の通称は「ともだちの木」といい、片方の木はフクギ、そしてもう片方は琉球キョウチクトウ。2本仲良く並んでいるところから、「友だちの木」ということなのか、と思い、喜如嘉の住人に尋ねたところ、おもいがけない答えが返ってきました。
「これはね、前の村長が公募で決めた名前でね。饒波(ぬーは)と喜如嘉(きじょか)という2つの村の境に立っているので、「共立ちの木」ということになったのさ」。なるほど、両方の村に共に立っているのですね。
40年ほど前、ここの海岸線には防風林として数多くの木々が生い茂り、そのなかには松や桃もたくさん見られたということです。行き交う人々は、村境のこの木の下で腰をおろし休息をとったのだとか。濃い木陰は、夏の陽射しからの格好の避難所でした。やがて道路拡張のための伐採がすすみ、おおよそ20年ほど前には、この2本の木だけになっていたそうです。眼下には、県指定の名勝、天然記念物の板干瀬(いたびせ)がひろがっています。年老いた「共立ちの木」は、最近甦生手術を受けました。防風林の最後の生き残りに、私たちはいつまで出会うことができるのでしょうか。
名護から西へ国道505号を走ること約40分、本部半島の先端で「備瀬のフクギ並木」と呼ばれる、沖縄本島最大規模のフクギの並木に出会えます。まっすぐな路地が交差する碁盤の目のような集落のなかで、強い太陽光線が心地よくさえぎられ、おだやかな風が吹き抜けます。約250戸の住宅を囲むフクギの屋敷林は、どの木も樹齢300年以上。その数は数千本に及ぶそうです。
「いいね、フクギは。かつて本部の集落はどこでもこんな感じだったのに、すっかり少なくなってしまったね。今泊とか、今では数えるほどだね、見事なフクギが残っているのは」と備瀬の住人の言葉。
まっすぐに育ち、葉がびっしりと茂り、幹が丈夫なフクギは、かつて防風林として家々を守る定番の樹木でした。また、フクギの木の皮は、沖縄の着物に欠かせない黄色の染料としても使われていました。しかし、高度経済成長にともない、フクギは伐られ、かわりにコンクリートの塀が、住まいを囲うようになりました。
備瀬を訪れる人は「これこそが自分の原風景」と感じることがあるようです。フクギの並木や屋敷林は、懐かしさだけでなく、人間の生活にとって「大切ななにか」を教えているのかもしれません。
名護の街の入り口にある「ひんぷんガジュマル」は、おそらく沖縄でもっとも有名なガジュマル。この木を知らない人をさがすほうが困難かもしれません。そこで道行く人に「ひんぷんとはどういう意味ですか」と尋ねたら、すぐに教えてくれました。「ひんぷんとは、屋敷の門と母屋の間に建てられた目隠しのことですね。外からやってくる悪霊を防ぐためのものとも言われていますよ」。18世紀、この場所に建てられた石碑がひんぷんのように見え、この木がその隣にあることから「ひんぷんガジュマル」という名前をいただくことになった、ということでした。
推定年齢は300年、高さ19メートル、幹の周囲は10メートル、樹冠の周囲は30メートル。台風による倒木を防ぐための支柱に支えられていますが、樹木の精霊そのものの堂々とした姿で、名護の守り神として人々に愛されています。もし、この木が倒れてしまったら、どれほど淋しい想いをすることでしょうか。
木は人間よりはるかに長生きするものです。木をたずねるうちに、彼らが見守るなかに人の営みがある、と思えてきました。やんばる、そして北部は今、芽吹きの季節を迎えようとしています。
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