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やんばる国道物語


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やんばる国道物語

王府時代の道 (15世紀〜1879年)


(3/12)

宿次のルート

沖縄本島を 網羅 ( もうら ) する伝達ルート

 

伝達ルート
 

 王府時代に始まった 宿次 ( しゅくつぎ ) により、首里を中心に道路が整備されました。宿次のルートは次のようなものでした。

   沖縄本島を大きく 国頭方 ( くにがみほう ) (北部地域)、 中頭方 ( なかがみほう ) (中部地域)、 島尻方 ( しまじりほう ) (南部地域)に分け、それぞれ東海岸沿いにのびる宿道を 東宿 ( あがりじゅく ) 、西海岸沿いにのびる宿道を 西宿 ( いりじゅく ) といいました。
島尻方(本島南部地域)は東回りを 南風原之宿 ( はえばるのしゅく ) 、西回りを 真和志之宿 ( まわしのしゅく ) といいました。
 
早馬で公文書を届ける宿次の様子
『琉球の郵便物語』
   
�@【 国頭方東宿 ( くにがみほうあがりじゅく ) 】
  西原 ( にしはら ) → 宜野湾 ( ぎのわん ) → 超来 ( ごえく ) → 美里 ( みさと ) → 金武 ( きん ) → 久志 ( くし ) → 羽地 ( はねぢ ) → 大宜味 ( おおぎみ ) → 国頭 ( くにがみ ) の各間切
  ※久志までは東海岸側で、久志から羽地で西海岸に至ります。
   
�A【 国頭方西宿 ( くにがみほういりじゅく ) 】
  浦添 ( うらそえ ) → 北谷 ( ちゃたん ) → 読谷山 ( ゆんたんざ ) → 恩納 ( おんな ) → 名護 ( なご ) → 本部 ( もとぶ ) → 今帰仁 ( なきじん ) の各間切
  ※羽地へは名護より、大宜味から久志へは羽地より、 伊江島 ( いえじま ) へは本部より、 伊平屋島 ( いへやじま ) は今帰仁から届けました。
   
�B【 中頭方東宿 ( なかがみほうあがりじゅく ) 】
  西原 ( にしはら ) → 宜野湾 ( ぎのわん ) → 中城 ( なかぐすく ) → 具志川 ( ぐしかわ ) → 勝連 ( かつれん ) → 与那城 ( よなぐすく ) の各間切
   
�C【 中頭方西宿 ( なかがみほういりじゅく ) 】
  浦添 ( うらそえ ) → 北谷 ( ちゃたん ) → 読谷山 ( ゆんたんざ ) → 超来 ( ごえく ) → 美里 ( みさと ) の各間切
   
�D【 島尻方真和志宿 ( しまじりほうまわしのじゅく ) 】
  真和志 ( まわし ) → 豊見城 ( とみぐすく ) → 小禄 ( おろく ) → 兼城 ( かねぐすく ) → 高嶺 ( たかみね ) → 真壁 ( まかべ ) → 喜屋武 ( きゃん ) → 摩文仁 ( まぶに ) の各間切
南部の西側をめぐって 摩文仁 ( まぶに ) ( 現糸満市 ( げんいとまんし ) )に至ります。
   
�E【 島尻方南風原宿 ( しまじりほうはえばるのじゅく ) 】
  南風原 ( はえばる ) → 大里 ( おおざと ) → 佐敷 ( さしき ) → 知念 ( ちねん ) → 玉城 ( たまぐすく ) → 東風平 ( こちんだ ) → 具志頭 ( ぐしかみ ) の各間切
このように南北ともに西回りと東回りがあり、本島くまなく 継 ( つ ) がれるしくみとなっていました。
   
  宿次の道筋と間切
  宿次の道筋と間切
   

やんばる国道物語(北部国道事務所)

 

   
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