やんばる国道物語
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軍道から一般国道へ
ひるまさ変わたる くぬ沖縄の道
1972(昭和47)年5月15日、沖縄は、米軍 統治 ( とうち ) 下の琉球政府から日本国憲法下の沖縄県へと、27年ぶりに日本に復帰しました。通貨がドルから円へ切り替わるなど、人々の暮らしぶりも大きく変化します。 それまで琉球政府が行っていた事務や事業もまた、日本国政府や沖縄県庁などが引き継ぐことになります。道路の管理も、日本の道路法で定められた道路管理者に受け継がれました。米軍統治下にあった復帰前の沖縄では、道路は、「琉球政府道」「市町村道」「軍道」に大きく分類されていました。それが復帰に伴い、「一般国道」「県道」「市町村道」の区分からなる道路体系に改められました。
日本に復帰した沖縄を 象徴 ( しょうちょう ) するものとして、国道58号の起点が挙げられます。それまで軍道として沖縄内にとどまっていた1号線は、一般国道に指定され、復帰後の特例として海を越えて鹿児島市に起点を持つこととなりました。現在のルートを起点から追ってみると、国道が海を越えて沖縄を走っていることがよく分かります。 国道五八号は鹿児島市山下町をスタートし、その後わずか七百メートルで海に突き当たります。五八号は海上の道なき道となり、種子島へ上陸。島を縦断したのち再び海へ戻り、奄美大島に到着します。 笠利 ( かさり ) 町から瀬戸内町古仁屋の75キロを 駆 ( か ) け 抜 ( ぬ ) けた58号は、沖縄に向けて再び海に出て、沖縄本島を 目指 ( めざ ) します。国頭村奥に上陸した国道は、本島を南下し、那覇市・明治橋の終点へ向かうわけです。 58号の総延長は256キロ、洋上部分を含むと約800キロにも及ぶ、沖縄と本土を結ぶ道なのです。