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復帰後の道 (1972年〜2000年)
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(3/9)
文化財保護をふまえた道づくり
仲泊遺跡を守るルート変更
| 仲泊遺跡の発見 |
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海洋博関連事業の
一環
として整備が進んでいた国道58号・
仲泊
(
地区の四車線拡幅工事で、1974(昭和49)年一月、
貝塚
(
などの遺跡(注1)が発見されました。
県教育委員会によって
緊急発掘
(
調査が行われた結果、貝塚は2500−3000年前のものと分かりました。また県下初の岩陰住居あとも確認されて、さらに周辺からは首里王府時代の
比屋根坂石畳
(
道も発見されました。
この大変貴重な
遺跡
(
の発見を受けて、沖縄考古学会は、仲泊遺跡一帯の保存運動に乗り出しました。学術、文化団体などを中心にして、保存を求める声は、全県的に広がりました。こうした保存運動の高まりの背景には、復帰前後からの急激な開発によって自然や文化財の
破壊
(
が相次いだことに、県民が
危機感
(
を抱いていたことがあります。
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仲泊遺跡発見を伝える新聞記事(1974年3月26日付『琉球新報』) |
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| ルート変更を決定 |
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こうした県民の声を受けて、県、沖縄開発庁は遺跡保存のためルートの
迂回
(
を決めました。工事を担当する北部国道事務所は、
施工
(
中だったルートを変更して、仲泊遺跡を保存するため、いろいろな案を検討しました。最終的に、海側に大きく迂回するルートが選ばれました。
このため工事が再開したのは、海洋博開催の13か月前でしたが、工事は急ピッチで進んで、開催の1か月前に、道路は完成しました。
仲泊遺跡が特に歴史的に重要なのは、古代より仲泊一帯が人々の生活にとって
重要な場所で、交通の要所であったことを発掘された複合的な六つの貝塚・遺跡が、ありありと物語っているからです。
多くの人々の努力によって保存された仲泊遺跡は、その歴史的重要性から1975(昭和50)年、文化庁による国指定史跡となりました。また、遺跡を含む仲泊一帯は平成8(1996)年に、「歴史国道」整備事業(同地区は「保存復元創出ゾーン」)に指定され、現在、整備が進められています( ※128ページ参照)。
現在、国道58号を北上すると見えてくる、恩納村の入り口となる仲泊の大きく
緩
(
やかなカーブは、文化的財産を大切に守った風景のひとつなのです。 |
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海側に大きく迂回する国道58号(恩納村仲泊) |
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| 用語解説 |
(注1)仲泊遺跡 |
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恩納村仲泊比屋根原にある複合遺跡のこと。住居跡や九州との交易を示す石片、「仲泊式土器」と呼ばれた新しい形式の土器や、沖縄で初めて貝塚から木器が発見されています。 |
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やんばる国道物語(北部国道事務所) |
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